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February 25, 2005

「光の雨」映画

D??? 画]★★★★☆

これは重かった…。人間とは何と恐ろしく悲しい生き物なのだろう。
数年前の雨の日、中野の映画館にて観た映画「光の雨」。
原作は立松和平の同名長編小説「光の雨」。
丁度その日は公開のイベントがあった。
 高橋伴明監督のインタビュー
 圧倒される福島泰樹の短歌の朗読と涙
 若い主演俳優の一人、玉井潔役の池内万作の笑顔
映画を観る前から『その時代』の熱さにあてられ気分も高揚する中、
そして上映が始った。
2001年の作品である。

これは、浅間山荘事件の前にあった連合赤軍による同志リンチ事件を描いた
小説「光の雨」を映画化しようとする“現代の人々による映画のメイキング”と
その劇中劇でもある映画「光の雨」のシーンによって、
過去と現在をオーバクロスさせた構成となっている。
自らの体験に苦しみつつ完璧を目指し再現しようとする樽見省吾監督(大杉漣)。
監督の突然の失踪により、新進監督の阿南満也(萩原聖人)で撮影は続行するのだが、
30年前に実在した同年代の若者たちの行動に疑問を感じ、思想を理解できず、
混乱しながらもそれぞれの「役」を演じようとする俳優達と共に映画を仕上げる。
そんな彼らと同様、観客も『彼等』の心の中に入り込んでゆく…。

『革命共闘』と『赤色パルチザン』の二つの党による
『革命パルチザン』同志リンチ事件。
幼さが残る顔をした、彼等が目指した『革命戦士』とは?
自己批判をし、それを乗り越える『総括』とは??
どうして『総括』の先にあるものが死にしかならないのか???
自分達のリンチで死に追いやった同志に向かって
『総括も出来ずに簡単に死ぬ』と思う『彼等』。
彼等の夢見た平等な社会である社会主義?への『革命』。
その社会主義が崩壊している現在において、激しく虚しさがつのる。

人里離れた山岳アジトの閉鎖された密室空間で、『彼等』による荒唐無稽な
思想と狂気がどんどんエスカレートしてゆく様は目を覆うばかり。
彼等の『総括援助』の名を借りた暴力。
誰にでもあるちょっとした『人間として当たり前の、彼等の言う反革命な部分』を
指摘し、罵倒し、生きて行けない程に追い詰める。
これはもはや、極めて幼稚なただのいじめでしかない。
権力からも、同志達からも、ヤられる前にヤるしかなかっただけなのだ。
今も人々の心の中に、
『その時代』を生きた人にも、
『その時代』には存在していなかった人にも、
同じ心の闇や狂気が見え隠れしているのだ。
武装がもたらす幻想、追い詰められた机上だけの理想論、
外部情報のあまりの無知さと、そこから来る自己の内面でのみの革命。
矛盾から逃れるがための破壊=殺人…。
結局彼等は自分を守るために、他人を傷つけるしかなかったのに過ぎない。

上杉和枝(裕木奈江)と倉重鉄太郎(山本太郎)の
恐しい形相が脳裏にこびりついている。
この二人の演技には圧倒される。革命兵士を演じる時の顔。映画を作る役者の顔。
このギャップが何ともいえない。
中央委員会のこの二人の自己防衛ために何人もの命が失われた。
それでも、『革命』を信じるしかなかった、後には戻れない『彼等』。
せめてもの救いは、ラストシーンの光の雨…。

重々しいムードで上映が終わり、皆無言で席を立った。
想像以上の内容に映画館で売られていた原作を思わず購入してしまう。
読みすすめると、設定は違うのにこの映画のシーンが鮮明に蘇る。
直接的でなく、少しひねって描いてあるのだが、
それ程、衝撃的で印象的な作品であった。
「光の雨」は史実を元にしたフィクション作品である。
歴史の『闇』の部分を観るのは興味深い。
過去の出来事というだけでは片付けられない事実を直視させられ
心苦しいのだが、学ぶ事も大きいのだ。

後になって『 突入せよ!「あさま山荘」事件』を観たのだが、
非常に複雑な気持ちになった。
『彼等』はこの後、浅間山荘へと向かうのだ。

光の雨 特別版(DVD)
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原作本
光の雨
立松 和平


 
■ 書籍「光の雨」のレビュー
■ 映画「突入せよ!「あさま山荘」事件」のレビュー
 

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